『図書室の神様たち』

題名と表紙の雰囲気から、ティーンエイジャー向けと思われるこちらの小説。


櫻いいよ『図書室の神様たち』

昨日、本屋の棚で偶然ふと目に止まり(”図書室”の文字に反応したような?)、普段ならおそらく手に取らないのですが、昨日はなぜか気になりパラパラ立ち読み、そのままレジへ。
その日の夜に一気に読み、終盤、ボロボロに泣いてしまいました。

何のご縁に導かれたのか、自分の中で、心から読んでよかったと思える小説のひとつになりました。

……………
(以下、ネタバレ含みます↓)

自分の身近で起こっている「いじめ」に対してどう向き合うのか、高校2年生の主人公、爽風(さやか)の様々な心の揺れに何度も強い共感を覚えました。
若い頃にこの小説を読めていたら、もし自分もあの時クラスメイトとこういう向き合い方が出来ていたら…もっと何か違っていただろうか、と後悔とともに思い浮かぶ顔があり。

まだ、遅くはない…のか。社会人になっても、いくつになっても、人の本質は変わらないだろうから。

 

爽風が恋心を抱く”笹木誠”(←と爽風が呼んでいる)は、なぜか学校の図書室でしか会えない。

僕は、この世界の神様になりたい

が口癖の、儚げな雰囲気を纏う男の子。

聞きようによってはかなりあぶないセリフだけれど、彼は本当にまるで神様のような広く優しい心で、あらゆる人やその行いを受け入れている。自分をいじめる人も、自分を裏切った人のことも。いつも人の気持ち、人の立場ばかりを考え、自己犠牲的ですらある。
そんな彼の存在が、「当たり障りなく振る舞うこと」に慣れていた爽風を変えていく、のですが。

高校2年生の男の子のそんな在り方が、不自然でないはずはなく。
あまりにシン…と静かで穏やかなその様子が、物語が進む間じゅう、常に哀しい何かを予感させます。

終盤、「この世界の神様になりたい」という言葉に込められた真意と、悲鳴にも似た思いが明かされる場面は、自分でも驚くほど感情移入してしまい、涙が止まりませんでした。(最近歳のせいかやたらと涙もろい)

「…僕のせいなんだよ。だから、もう誰も傷つけたくない。だから」
だから、彼は自分の意思を全て封印することにした。
………
もう責任を負いたくなかったのだ。たとえ誰も彼のせいじゃないと思っていても、彼が自分でそれを許せなかったんだ。

「もう責任を負いたくなかったのだ。」という言葉が重く。重く響きました。

おそらく、誰でも多かれ少なかれ、表面上からはうかがい知ることのできないような心の傷を抱えている。
だから、誰かを助けたい、救いたいと思ったとき、自分の判断で「何とかしなきゃ!」と行動する前に、「聴くこと」が何より大切で。じっと相手の目を見ること、相手の本音に耳を傾けること、丸ごとそれを受け止めようとすること。
それを忘れてしまえば、知らず知らず相手を傷つけていたり、取り返しのつかないことになってしまうこともある…。心に刻まねば。

爽風と笹木誠、双方の気持ちそれぞれに、共感を抱く部分がいくつもありました。

第一章「神様になりたい少年」は、最終章では「もう神様だった僕ら」になり。
また、爽風の「私の世界の中できみが笑ってくれますように。」という言葉、そしてラスト1行の言葉の中には、物語を超えた人の存在そのものについての真実が含まれている…という気がしました。
…うまく表現できませんが。
それは今だからそう思えたもので。
自分にとっては、「今」読むべき小説だったのだなあと、偶然の出会いではないような不思議な縁とタイミングを感じました。

…と、曖昧でまとまりのない感想ばかりですみません。いつもながら語彙力がなく分かり辛い…m(_ _)m

ラストは、希望を感じられて、感動と穏やかな余韻が残りました。
こういう読書もいいものだな。

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