ユルスナール『東方奇譚』の「老絵師の行方」という物語を読んで

マルグリット・ユルスナールの『東方奇譚』というファンタジー短篇集を読みました。

ファンタジー小説、個人的おすすめ
9
– On a rainy day
↑こちらの紹介文を読んで心惹かれ、読んでみたものです。

ファンタジーと言っても、全編かなり大人向けの作品でした。人間の持つ残酷性や悲哀が生々しく描かれているのですが、言葉の表現の美しさに惹きつけられ一気に読んでしまいました。

特に印象に残った『老絵師の行方』という物語について。
(※以下ネタバレ含む)

紹介文に書かれていたとおり、情景描写がとても美しく、老絵師・汪佛(わんふぉ)の眼差しが捉えた世界が目の前に鮮やかに映し出されるようでした。
今という瞬間は、見る人によってこんなにも違う。
同じ景色のはずが、汪佛の研ぎ澄まされた感性を通すと、鮮やかに妖しいまでに美しく映る。

彼が生み出す美しい世界を心から愛した弟子・玲(りん)の献身と、激しく憎んだ皇帝の悲哀。
汪佛の描く世界に魅せられ深く愛した二人の、対照的な在り方が印象的でした。

途中までは、本当にこれファンタジー?と思うほど胸が苦しくなるような展開で、もう最後まで読みたくないと目を逸らしたくなったのですが、最後の場面…あまりに美しい描写と、静寂の世界に、言葉で表現し難い感情に包まれました。

この物語を、ベルギー生まれの西洋人の作家が書いたということが信じられない。

個人的には、玲の妻の心情を想像すると切な過ぎて、とても胸が痛みました。
生身の存在への関心を失うほどに、人の心を魅了する汪佛の絵とは、いったいどんな絵なのだろう。思わず観てみたいような、ちょっと恐ろしいような。

ところで、物語を読み終えた後に、この物語を知るきっかけをいただいた紹介文をもう一度読み返していたら、思わず自分の感性の乏しさに溜息をつきたくなってしまった。
物語の中の人物・汪佛の、「目に映るもの」に対する研ぎ澄まされた感性と、紹介文を書かれた方の、「言葉」に対するとても繊細な感受性。2つのものに同時に心惹かれ、なんだかファンタジーと現実が交差するような不思議な感覚で、貴重な読書体験でした。

目に映るもの、また言葉の一つひとつを、こんなふうに深く感じられたなら、どんなに世界は美しく豊かなものになるだろう。
そしてその感じたものを、こんなふうに表現することができたなら。

普段、私はたぶん多くの時間を思考にとらわれて過ごしていて、瞬間の目の前のものを見過ごしている。見ているようで見えていない。
また言葉の多くを聴き逃し、読み流してしまっている。そんなことに気づかされました。

ただ、今日はいつもより、目に映るものの一つひとつが鮮明に美しく感じられる気がしました。
そういう感覚を、忘れないようにしたいな。

ちなみに、最後の物語『コルネリウス・ベルクの悲しみ』が、『老絵師の行方』とまるで対の物語になっているようで印象に残りました。こちらは、長く人間を観察し続けた結果、失望し、醜さしか見出だせなくなってしまった肖像画家のお話。老絵師と対照的な人物の悲しみが描かれていました。

果たしてどちらが現実なのか…。どちらも、長い人生の旅の末に辿り着いた、幻想の世界に過ぎないのでしょうか。


余談ですが、この物語を読んでいて、10年以上前の韓国映画『王の男』を思い出しました。
小説の美しい情景描写を愛でる感覚からはちょっと外れるのですが、ストーリーとして。

(※↓注ネタバレ)
映画の中で、芸人として生きる2人が寄り添うように旅をする場面。
女形芸人に執着した王が、その相方の芸人に嫉妬を抱き、女形芸人の美しい姿を永遠に見られないようにと芸人の目を焼いてしまう場面など。
そんなふうにしか愛を表現できない王の悲哀や、その悲しい生い立ちも、小説の皇帝と重なりました。

この映画、韓国ではイ・ジュンギという俳優さん扮する女形芸人の美しさが話題となり社会現象にまでなったようで。
日本ではそこまで話題にはならなかった気がしますが、私はかなり好きな作品です。
二人の芸人の情熱と、お互いを想う絆の深さに泣けてしまいます。

以上、余談でした☆