場所と記憶について

先日、NHKのネット配信で、ある歴史ものの番組を観ました。

歴史上の有名な場所をドローンで空撮し、その映像を、著名人のナレーションとともに追うというものでした。

好きな小説の著者さんがブログで紹介されていて、歴史上の有名な場所としての興味より、その小説の舞台となった景色を観てみたかった。

頭に思い描いていた世界を、実際の映像として見て、その空気感を感じられるという体験が貴重でした。

どことなく懐かしさを覚えたのは、たぶん小説を読んで抱いていたイメージとあまり違和感を感じなかったため、そんな風に感じたのだろうと思います。

それとも、小説と時代は違っていたとしても、自分もいつかこのどこかの場所に存在していたことがあったのだったりして…なんて発想はちょっと安易過ぎるかな。

同じ感覚ではないですが、言葉では表しがたい不思議な感情が湧いてくる場所というのは、他にもいくつかあり。

地元のとある美術館の裏にある池の辺りだったり、京都のとある場所だったり、夜のヴェネツィアの街を船の上から眺めたときだったり…

ネットでチェコの天文時計の写真を初めて見たときは、鳥肌が止まらなくなって意味もなく泣いていた。

…って、これ変ですかね、かなり。

それとも、誰にでも、それぞれにそういう特別に何かを感じる場所があったりするのでしょうか。

著者さんの前世の記憶として書かれたその小説に影響されてか、なにか言葉では説明しづらい感覚を覚えたときに、ふと輪廻転生という言葉が頭を過ります。

以前は全く興味もなく、深く考えたこともなかったのだけど。最近は、ふと眺めた風景や、物語の中や、日常で出会う些細なものから、ふいに何か説明のつかない感覚を覚えたとき、それがあまり激しいものだったりすると、これはどこから来るのだろうと切実に知りたくてたまらなくなる瞬間があります。

とはいえどうにもできずに、その衝動だけを持て余しています。
無理に思い出そうとするのもなにか違う気がするし…。

…と言っている間に、私の場合何事もなく人生を終えるのだろうな、おそらく☆

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