外へ表現すること

「きれいだなあ、あの空きれいだなあ」と思ったときに、画家だったら絵を描きたくなる。
俳人だったら俳句で表現したくなる。
作曲家だったら、それを音で奏でたくなる。
そんな表現ができない人、あるいはできない状態のときはどうしますか。
「ねえ聞いて。きれいだったのよ」と、話します。
これはすべて表現活動です。創造活動です。
人間は何か感動したこと、発見したことを外に向かって表出します。
そのことによって自分が感じとったことがさらに自分の身についていく、認識が深まっていく。

和久洋三『子どもの目が輝くとき』より


「きれいだな」と思ったら、写真に写したい。絵に描いてみたい。
「面白かった」と思ったら、「面白かったよ!」と誰かに話したい。
自分の中に生まれた感動を、外へ表現したい。そういう欲求は自分の中にも確かにある。
このブログも地味ながらそういう欲求を叶えてくれる場のひとつです。

今までぼんやりとしか感じていなかったこと、浮かんでもすぐに消えてしまうような考えを、書きとめる。それを、どこかの誰かが読んでくれることを想像して書きとめる。
一人でも読んでくださる方がいたら、ありがたい。
(といっても、たいていあまり中身のないひとりごとをダラダラと書いているだけで、表現といえる代物じゃないですが。)

まだ幼い姪や甥の様子を見ていても、「何かを表現したい」という気持ちは一人前にあるようで。
どうやら、自分の内側にあるものを表現したい気持ちは、単なる自己顕示欲などではなく、もっと根源的なところから湧いてくるものらしい。

世の中に溢れる、何かしらの形で「表現」されたものは、それがどんなものでも、文章でも絵でも音楽でも、中身の有無にかかわらず、出来の良し悪しにかかわらず、「自分の中に今あるものを、放っておいたら消えて忘れ去ってしまうものを、形にして残しておきたい。いつか誰かに見つけてほしい。」という一人ひとりの切実な願いから発せられたもののような気がして。
そう思うと、そういうものを少しでも拾い受け止めることができたらいいなあと、そんなことを思います。

まずは、日常生活の中で、意外と難しい「人の話をしっかり聞く」というところから☆

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